福井駅から5分ほど歩くと福井城址のお堀沿いに見えるのが、三角屋根に赤レンガ造りのホテル「城町アネックス」です。福井を訪れた人たちに心地よいひとときを提供しているオーナーの新海康介さんに、仕事で大切にしていることや今の福井のまちについて感じていることをうかがいました。
今の仕事とこれまでの経歴を教えてください。
福井駅前で約70年前から旅館・ホテル業を経営しています。小さい頃は跡を継ごうなんて考えたことはありませんでした。大きくなったら福井を出るのが当たり前だと思っていましたし、小学校低学年の頃から「福井を出たら何をしようかな」なんて考えていた子でした(笑)。関西の大学に進学し、卒業後は大阪にある産業機械メーカーの会社で管理系の仕事に携わっていたのですが、ある時、父から「もうホテルを終わりにしようと思う」と連絡があったんです。当時はバブルが崩壊した後で福井の経済はガタガタ。ホテルを閉めるのは妥当な選択でした。しかし、いざなくなると思うと居ても立っても居られなくて……。このホテルの存在が自分のアイデンティティなんだと、なくなる危機が訪れたことでようやく気づいたんです。あれだけ跡を継ぐ気がなかったのに「このホテルを残したい!」と父に伝えました。ちょうど30歳になった頃に会社を退職。ホテルを立て直すなら、ホテル業とレストラン業の2つの柱を作ろうと思い、大阪・東心斎橋の「Katsui」という洋食屋さんで修行します。「家業を一刻も早く継ぎたいので数年だけ修行させてください」と。料理の世界なんて、何十年も修行するのが当たり前だと思うのですが、こんな無茶なお願いでも聞き入れてくれて、約2年間みっちり教えていただきました。本当にありがたかったです。そうして「Katsui」での修行を終え、32歳の時に福井に戻ってきました。
福井に戻ってどうでしたか?
最初は後悔しかなかったです。当時はリーマンショックの頃で、経営を立て直すよりも、自分たちの日々の生活で精一杯。でも、まずは大阪で学んだことを福井でもちゃんとやろうと、「二ノ丸グリル」という洋食のレストランをホテル内に開きました。メニューはハンバーグとカレーがメイン。「Katsui」で学んだそのままの味です。当初はあまり反響がなくて落ち込みましたが、師匠から「いつでもやめられるから黙って3年は料理せい!」と言われまして。でも、そのかいあってか少しずつお客様が来てくださるようになりました。当時は味云々よりも「あいつ、頑張ってるし行ってやるか」というお客様が多かったかもしれません。でも、来てくださる方の期待に応えたい、その想いで必死でしたね。
「城町アネックス」にはどんなお客さんが来られますか?
もともとはビジネスで宿泊される方が多かったのですが、最近は観光目的で来られるお客様が増えました。家族経営のホテルということもあって営業はほとんどしていないのですが、ありがたいことにうちを見つけてくださる初めてのお客様も多いです。意外に思われるかもしれませんが、お客様と接するときは、あまりこちらからガツガツと入り込まないようにしています。商売ってお客様が人につくか、お店につくかのどちらかだと思うんです。それでいうと、うちは後者の方でありたい。極端な話、私がいなくてもいいと思うくらい。もちろん、一対一のつながりは大切にしていますが、お客様には「城町アネックス」という建物や場所、しつらえなどを楽しんでいただき、まさにアネックス(別荘)のように過ごしていただきたいと思っています。
新海さんが仕事で大切にしていることを教えてください。
長年、同じことをしているとどうしても新しいことに目が行きがちなのですが、できるだけ「削ぎ落とすこと」を心がけています。ポテンシャルがあるものでも、贅肉をつけてばかりだと、本来の良いところが見えなくなる。だから、「城町アネックス」も建物の良さ、場所の良さ、家族経営の良さを最大限活かせるよう、余計なものを加えないようにしています。本当は自分でも新しいことをやってみたいと思うこともあるんですが、我慢しているんです(笑)。
福井のまちを長年見つめ続けてきて感じていることを教えてください。
今の福井はすごくいいと思います! 福井の人ってこれまで自分の住んでいるまちのことを「何もない」と言う人が多かったんですが、今は自分たちの住むまちのことを「いいね!」と誇れる人が増えている。これってすごいことだと思っています。自分の子どもたちが大きくなって福井の外に出たとしても、自然と戻ってくるようなまちになっていればいいなぁ。“福井で生きることが「かっこいい」”ってなれば最高だと思います!
(text:石原藍 photo:出地瑠以)