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XSCHOOL2020

「わけるから、わからないー医療とわたしのほぐし方ー」XSCHOOLカンファレンス【前編】

社会の動きを洞察しながら、未来に問いを投げかけるプロジェクトを創出するXSCHOOL。5期目となる今年度は、東京、新潟、石川、兵庫など全国各地から多様な専門性とバックボーンを持つ16名のメンバーが集まりました。

これまでのXSCHOOLは、リアルな場に集うことによる関係性づくりや、そこで生まれる熱を大事にしながらプログラムを進めてきました。しかし今年度は、新型コロナウイルス感染症の拡大状況も鑑みて全回オンラインでの実施を決定。

「わけるから、わからない😉 〜わたしと医療のほぐし方〜」というテーマのもと、誰もが接点を持つ領域でありながらどこか遠い世界のようにも感じられる「医療」を探索の起点として、それぞれの「問い」に向き合い、深めていく80日間を過ごしてきました。

▲オンラインでの対話を重ねてきた今年度のXSCHOOL

 

また例年のXSCHOOLでは、チームで最終的にプロジェクトやプロダクトなど何かしらの形でアウトプットするということを目指していましたが、今年度は、設定されたテーマに対していかに良質な「問い」を立て、そこに向かってどのようにリサーチを進められるかというプロセスを周囲へ開いていくことを重視。毎年事業の締めくくりとして行ってきたプロジェクトのプレゼンテーションも、受講生が向き合ってきた「問い」への探究プロセス自体を社会のリソースとして開いていくカンファレンスという形で開催されることとなりました。

カンファレンス当日には、今期のXSCHOOLでそれぞれの「問い」の方向性をもとに組み分けられた全11組のチームと個人のなかから、代表して4組が登壇。ゲストレビュアーには建築家の安宅研太郎さんを迎え、今期XSCHOOLにアドバイザーとして伴走してくださったオレンジホームケアクリニックの紅谷裕之さん、人類学者の磯野真穂さんとともに受講生のプレゼンテーションにコメントしていくという構成でカンファレンスが進行していきました。

▲福井市まち未来創造課の和田課長のご挨拶からカンファレンスがスタート

 

紅谷さん×磯野さんによる「わけるから、わからない」トークセッション

最初のプログラムは、今期のXSCHOOLアドバイザー2名によるトークセッションから。

「今期のXSCHOOLで取り扱ってきた『医療』の認識について、少し整理させてください」と、セッションの開始にあたって、磯野さんからカンファレンス参加者に向けたミニレクチャーが入ります。

 「まだこの社会に病院がなかった時代には、『医療』という概念は存在せず、出産も病気も死も、それへの対処も、全て非医療者のものでした。しかし、病院が生まれ、医療の専門家が生まれたことで、これまで自分たちのものだったはずの、誕生や、病気や、死、それらへの対応のほとんどを、『病院』と『医療者』に預けることになりました。結果として私たちは、生きていれば誰しもが経験する、病むことの苦しさや人生の難しさを共有する術までも手放していってしまったのではないでしょうか」と磯野さん。

 

「XSCHOOL2020で紹介されるいくつかのプロジェクトは一見医療とは関係ないように思えるかもしれません。しかし、それぞれの試みは、医学が発展するなかで私たちが医療に預けてしまった人として生きることの営みを、いま一度自分たちの手に取り戻すプロセスであったと思います。結果として、『共有』の在り方や『共有』のために必要なものが何なのかなど、『共有』という言葉がそれぞれの問いに通底したテーマになったと思っています」と、今期の探索領域である「医療」と受講生たちの研究テーマの関係性について、改めて整理していただきました。

 

引き続き、紅谷さんと磯野さんによるトークが進行します。

紅谷さん:今回のテーマである「わけるから、わからない」という感覚はぼくもよくわかります。地域医療とか在宅医療の現場では、みなさんの生活の場での困りごとを聞くので、医学で習ったこととは違う問題解決のやり方がどんどん出てくる。例えば膝の痛みを訴えているお年寄りがいたときに、その人が本当に困っているのは、膝の痛みよりも、週末に控えている孫の結婚式のための福井から京都までの移動ができないことだとします。であれば、湿布や注射で痛みへの対処を施すより、車椅子を貸したりタクシーの割引券をあげたほうがその人はハッピーになれるかもしれないですよね。「膝が痛い」といって医者にきた人に対して、医者の持っているカードでは解決できないことがいっぱいあるんです。そう思うと、「医者と患者」ではなく「人と人」としてまずは出会って、たまたま医療が必要そうだなという場面になってはじめて医療というカードを出していく、というくらいの順番がいいなぁと。それがぼくにとっての「脱医療」の一つのイメージです。

▲XSCHOOLアドバイザー 紅谷浩之さん|医師/オレンジホームケアクリニック代表

 

磯野さん:医学が人間というものを「人」という形で一般化しすぎてしまった故に、土地に根ざして住んでいる歴史があるという文脈を、全部置いてきてしまったんでしょうね。だからこそ医学が発展して治るようになった病気もたくさんあるけれど、今度はその知識があまりにも高度化してしまった。だから「車椅子を用意して移動を手伝う」という先ほどのお話も、本来は医療資格がなくてもできることなのに、私たちは足が痛いという時点で「医療者に任せないと」という思考になってしまっている。紅谷さんはそこにいち早く気づかれて、医者でありながら「脱医療」を掲げるという一見矛盾したお話をされているんだなと思いました。

▲XSCHOOLアドバイザー 磯野真穂さん|人類学者

 

磯野さん:(医学が置いてきてしまった文脈のように、)医療が高度化して、ありとあらゆるものを数値化するようになったことで、見えなくなってしまったことが多くあるんじゃないかと思っています。一方で、紅谷さんが運営するオレンジキッズケアラボの様子をみると、病院という数値計測の場というより、そこが「生活の場」であることをすごく重要視した設計になっているなということを感じました。どこが診察室なのかもわからないくらい(笑)

 

紅谷さん:「生活の場」にいるときに人が発揮するエネルギーというのがあると思うんです。病院にいくと、寝ても覚めても患者っていう役割しかない。そうなると人は弱まっていってしまうという感覚があります。生活者としての役割やふるまいがあることで、医療という線引きじゃない部分も含めて、生きるエネルギーが発揮されて元気になって回復していくというのを、在宅医療の現場ですごく感じています。

 

磯野さん:今回、XSCHOOL受講生のみなさんは、(他人との)距離や関係性を変えることで出てくる言葉や振る舞いの変化、逆にそれができないことの辛さみたいなことに、それぞれの問題意識にそって向き合ってきたんだと思います。受講生が考えてきたのは「治療」とか「疾患を治す」という(従来の医療の)視点だけではなかなか見えてこない人間の在り方かなと思うんですけど、そのあたり紅谷さんはどう感じますか?

 

紅谷さん:そう思いますね。福井新聞社が行なった『未来の幸せアクションリサーチ』というものがあるんですが、そのなかの「健康だと感じるときはいつですか?」という問いに対しての福井県民の答えは「うまい酒が飲めたとき」とか「友達と遊びにいけたとき」であって、「血圧が低いとき」とか「コレステロールが安定してるとき」なんて書いた人は誰もいなかったんです。すでにそこで(これまでの医療が目指してきた「健康」と人々が思う「健康」とは)乖離があるなと。

ぼくも在宅医療と出会ったときは、利用者さんのエネルギーが発現して医療が控えめに脇役としていられる在宅医療こそ、自分がやりたい満点の取り組みだと思っていました。でも10年も取り組みを続けていると、在宅医療ですら、お医者さんとは病気をきっかけにして出会うという枠からは抜け出せないということに気がついて。だから「脱医療」といってみたり、カフェをつくろうと思ってみたり、もっとまちに出ていこうという風になってきてるんです。

 

磯野さん:紅谷さんはそのうち「医師ライセンスを返上する」なんてことになるかもしれないですね(笑)

 

 

紅谷さん:本当にそう考えたりしますよ(笑)。医学生にも言ってるんです。「医者にならないとできないこともあるけど、医者じゃないからこそできることもある」って。

 

今回のXSCHOOLにおける受講生の試みの意味も振り返りながら、医療をとりまく「わけるから、わからない」について熱く語っていただいたお二人。このほかにもさまざまな観点からトークが繰り広げられ、ふたたび「医療」に対するたくさんの問いが生まれたトークセッションとなりました。

 

受講生代表によるプレゼンテーション(前半)

前半最後のプログラムは、受講生の代表によるプレゼンテーション。

受講生のなかから選ばれた4組が前半2組、後半2組に分かれて発表を行います。

 

「隠す」と「装う」-開くことの間にあるコミュニケーション

山岡宏輔さん

 

一人目の発表は、XSCHOOL第1期の参加者でもある山岡宏輔さんです。

満員電車のなか、一緒に乗っていた自分の子どもの出来物を他の乗客に見られないよう思わず隠してしまったことがあるという山岡さん。そのときの罪悪感のような複雑な気持ちがどこからきたのかを探りたいと思ったことが、今回の「問い」の背景にあるといいます。

 

「コミュニケーションには伝達や応答においての不確実性があり、そこに感じる不安から、人々は隠したり、装ったりするのではないか」という仮説から、「隠す・装う」という行為が、物理的、精神的、時間的に他者との「距離」を調整しているのではと考察を深めていった山岡さん。「隠す」は外部との関わりをのぞまない固定された状態であるのに対し、「装う」は、周囲となじませて円滑なコミュニケーションを目指すところから自らを主張するところまでその振り幅が広いと、それぞれの言葉の射程を捉えていきました。

 

また、今後実現していきたいプロジェクトとして、人々の「隠す・装う」を集める展覧会を構想。

 

 

「そこに在ることで立ち現れる言語以外の情報とは何か」「表出する情報の装い方とは」「情報の『視覚化・数値化』と『隠す・装う』」などの視点から、大切な感情や情報の「開き方」を問いかける展覧会となりそうです。

 

発表後のレビューではは、紅谷さんから「医療の現場でも『隠す・装う』のバランスが信頼関係をつくっていく上ではとても大切」とコメントといただきました。

安宅さんからは「ものに問題を抽象化することで、これまでのリサーチの意味が逆照射されると思うので、ぜひ山岡さんのデザインコーナーを展示の一角に設けてほしい」と、デザイナーという職能をもつ山岡さんが何かしらの作品を作り上げることが展覧会が投げかける問いの強度を高める、とアドバイスをいただきました。

 

医療・ケアを取り巻く課題に“現場にいない人”はいかに取り組めるのか

神野真実さん

 

医療やヘルスケアコンサルティングの会社でリサーチャーとして働く神野さんは、「老/病/死」といったテーマで多様な関係者とプロジェクトをつくっていく際、その「あるべき姿」をすり合わせていくことに難しさを感じたという体験が課題意識の背景としてあったそう。

 

しかし、「問い」を深めていくなかで、そもそも自分自身が「老/病/死」を語る言葉を持っていないことに気づきます。そのことは自分自身だけでなく社会にとっての課題であると感じた神野さんは、「老/病/死」というテーマに対して自分がどんなスタンスを持っているのかを気軽に誰かと共有することができる「おじくじ(御自籤)」をプロトタイプ。

 

おじくじ本体の構成としては、おもて面で神野さん自身のスタンスを提案したうえで、受取手のスタンスを解きほぐすための質問を用意。裏面にはこれまでにおじくじを引いてもらった人の回答を引用する形でデザインされています。

 

実際におじくじを持ってでかけた先の公園では、初めて出会う人とおじくじをきっかけに「老/病/死」についてさまざまな話を聞くことができたそう。

 

名前や肩書きを知らずに「老/病/死」について語ることができたり、そういった話ができるフィールドを病院や高齢者施設以外の場所に拡張できたりというおじくじの可能性を感じられた一方、おじくじを引いてもらった人と継続的な関わりをもつことや、その人の困りごとを解決することの難しさも実感したという神野さん。

充実したリサーチを経て、今後も「老/病/死」についてのスタンスを市民一人ひとりが考え、周囲の人々と会話できる状況を増やしていきたいと力強く語りました。

 

紅谷さんからのレビューでは、「いま『人生会議』についての議論を進めているんですが、医療者でない人にどう関心をもってもらうかというのがずっと課題でした。だから、おじくじは最高です。厚労省にも紹介させてほしい」と、おじくじの可能性に対する大きな期待が語られました。

磯野さんからは、「短い時間のなかで、自分の問題意識まで降り、社会との接合点を考えて、決して上から目線ではない形で人々の言葉を言葉でつないでいくというプロジェクトにしたことが素晴らしいと思います」と、自分と向き合った末に「問い」を昇華させていった姿勢自体への温かいコメントが寄せられました。

 

カンファレンスはここまでで前半が終了。

後半は、安宅さんによるレクチャートークと、残り2組の受講生代表のプレゼンテーションの様子をレポートしていきます。

text by Kaname Takahashi


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