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XSEMI2020

XSEMI 2020 後編「わけるから、わからない😹ー個とパブリックのあいだを考えるー」

▲プログラムディレクターの原田祐馬さんも合流

 

参加者が見つけた「人間の工夫の痕跡」とは?

XSEMI2日目は、「日常の景色のなかから“人間の工夫の痕跡”を見つけてみる」という菅さんからの宿題をみんなで共有することからスタート。昨晩からの短時間にも関わらず、参加者一人ひとりが自分の家や街のなかにたくさんの痕跡を見つけてきました。

▲それぞれの発見が集められたmiro

 

印刷が薄れても視認できるよう、あえて文字がくり抜かれたごみ収集のプラ表示板。

ゴミ捨て場の引き戸が開けやすいように角刈りにされた生垣。

看板をかけ替える余裕がなく、手づくりの紙看板を掲げるラーメン屋。

可愛さと機能性、そして愛情を兼ね備えたリボン。

 

写真に写っているもの自体が興味深いのはもちろんのこと、何を持って工夫と判断するかという参加者それぞれの視点や読み解き方を共有することで、観察の視野が大きく広がったような感覚を得られました。

 

玉利康延さんと考える「“おいしい”と魂をつなげる食」とは?

次のセッションでお話しいただいたのは、デザイナーやフォトグラファーとしても活躍しながら、在野の研究者として「食とアニミズム」の探求を続ける玉利康延さんです。

玉利康延|Designer / Art photographer
1979年、東京生まれ。高校中退後、エレファントデザイン株式会社に入社、経営者のヴィジョンを実現していくためのデザイン手法を学ぶ。2000年代、文化人類学者・竹村真一氏やサステナ・マエキタミヤコ氏とともに環境・社会問題の情報デザインを行う。また、地域の一次産業のプロジェクトを手がけ「ニシアワー」「東北食べる通信」などに立ち上げから参画。2014年にグッドデザイン賞 [金賞] 受賞。情報デザインの手法を活かし、情報デザインファーム・エトピリカを2018年に設立。「食とアニミズム」著者。

 

「アニミズム」とは、「自然界のすべての現象や事物に霊魂や精霊が宿る」とする思想・信仰のこと。

仕事で全国各地の郷土料理を食べる機会が多々あるという玉利さんは、あるとき青森のとある地域のソウルフードだという「イカの白子とマツモ(海草)の煮物」を食べたときに衝撃を受けたと言います。

「イカの白子は流通しないので、そこでしか食べられないもの。それと海草を水で煮ただけの料理なんですが、“その土地の魂とつながった!”と感じた瞬間でした。」

▲魂がつながった瞬間を感じたという青森県の「イカの白子とマツモの煮物」

 

『食とアニミズム』は玉利さん自身の各地での経験をもとに、世界中の食べ物に潜む、アニミズム・自然信仰・自然崇拝、精神的な営みを浮かび上がらせ、肉体と魂が分断されがちな都市の生活者に向けて『食とアニミズム』の世界を自分に取り込む術と考え方を届ける研究プロジェクトです。

「わけるから、わからない」がテーマとなった今回のXSEMIにおいては、現代社会のなかですでに分断されている肉体と魂が、どのような場面でつながることができるのか。また分断されていることによってわからなくなってしまっていることがあるとすれば、それは何なのか。そんな問いについて、玉利さんと一緒に考えていきました。

 

「食」にはその土地の文脈がある

「北陸でおいしいものを食べようと思ったら絶対に冬です」

セッションの冒頭、玉利さんのそんな言葉から、日本海側に美味しい食べ物が多い理由、そして人々が暮らしのなかのどのような瞬間にアニミズムの世界を感じてきたのかが語られていきます。

夏は穏やかでも、冬になると一変して大荒れの世界になる日本海。海水温の下がった海では獲れる魚種が変わり、脂が乗り、卵もたくわえ、あらゆる魚がおいしくなります。

一方、山側に目を向けてみると、例えば福井の場合は精進料理の起源のひとつである禅宗系曹洞宗総本山の永平寺があり、その奥には麓の平野部に雪をもたらす白山が鎮座。厳しい冬を越さなければいけない土地には保存食が発達するため、地理的条件的をみても宗教的な背景を考えても、少なくとも福井には相当な食のポテンシャルが秘められていることがわかるそう。

もうひとつ、日本海側の食文化の豊かさを語るうえでの重要なファクターは、北前船の存在。大阪から瀬戸内海、下関を抜けて日本海側を北上、最終的に松前(現在の函館)までを一年で一往復するという江戸時代の重要な交易航路だった北前船を、玉利さんは「江戸時代のインターネット」と呼び、北前船こそが各地の食文化をつなげて「和食」を生み出したといいます。

▲今とは上下が逆さまの日本地図。かつては日本海側こそが日本の「オモテ」でした

 

そんな北前船の航路の中心付近に位置する日本海側の土地には、日本各地の調理法(特に京料理)が持ち込まれました。元々その土地にある質の高い食材と北前船が持ち込んださまざまな調理法がミックスされることで、豊かな食文化が形成されていく。それこそ、日本海側に美味しい食べ物が多い理由だと玉利さんは語ります。

また、現在も各地に残っている祭事や風習をみると、私たちの先祖は季節の移り変わりとともにその土地に現れる景色、そして食材の美味しさのなかに、山や海と里を行き来する、あるいは外からやってくる神や精霊の存在を感じ取っていたことがわかるそう。

このような信仰も含め、日本海側の食にはその豊かさにたどり着くまでの膨大な文脈があるといいます。

加えて玉利さんが言及したのは、その文脈を一つひとつ紐解いていくと、日本国内だけを見ていてもわからないことが多く、世界に目を向ける必要があるということ。例えば、日本の稲のルーツを辿っていくと、もともとは中国の長江流域、そしてネパールのカトマンズあたりまでがひとつの文化圏にあったそう。

「その広大な範囲のなかで人と物が行き来して、先祖がたどり着いた結果、いま僕たちがここにいると思っています」と玉利さん。私たちが日々ふれる「食」には本来、地球規模の壮大な文脈が秘められているのです。

それらの文脈の先にある食の美味しさに出会ったとき、私たちの肉体はその土地の魂とつながるのかもしれませんね。

▲食の文脈を紐解いていくと、もはやその地図は地球規模に。

 

プレゼンテーションの最後に玉利さんが投げかけたのは「自分のルーツを調べてみてください」という問い。

山形生まれの祖母、そして新潟生まれの父親をもつ玉利さんは、日本海側の食べ物を食べると、懐かしさを感じることが多々あるそう。

「自分のDNAのなかに、先祖が辿ってきた道があるとしか思えない。食べ物の好みという表面的な話だけじゃなくて、医療にも結びついてくることだと思います。自分のルーツを調べると体調管理にも参考になる情報が出てくると思うので、ぜひ調べてみてください」

 

そのあと引き続いて、参加者からの質問も読みあげられながらディレクター陣とのトークが展開。

 

ーー食とアニミズムについて研究することになったきっかけは?

玉利さん:デザインやブランディングの仕事で各地の食べものと出会って、これは調べなきゃと思いました。いまは全世界をみながら調べ始めています。人類学の世界でそれぞれの地域や分野で「食」について研究してきた人たちはいたけど、それらを横につなげたときに見えてくるものには、価値を見出していなかった。そこに横串を通して、デザインも使いながら「見える」ようにしています。

 

ーー食べ物や食べ方のルーツが見えたことで行動が変化したことはありますか?

玉利さん:僕、スーパーマーケットがすごく嫌いなんです。肉体は維持されるけど、精神は維持されていかない。だから、(変化したことと言えば)どこで買うか、いつ買うかということ。もちろんつくるところからはじめるのが一番いい。自分で種をまいて食べるところまでいくと、プロセスがつながっていく。あとは旬。いつが一番美味しいのか。その時期にしか接続されない食べ物ってあるじゃないですか。

 

原田さん:スーパーでものを買おうとすると、季節感って吹っ飛んじゃうのが僕も気になってます。野菜なんかは特に。季節感を理解するためには、たしかに自分でつくったり、つくってる人に出会うということは大事ですね。

 

玉利さん:規格大量生産されたものが文脈を壊してきた。それは産業革命以降の呪いなんですよね。その呪いを一つひとつ元の状態に戻していくと、「こんな大事なプロセスを認識していなかったんだ」ということがわかる。そうすると自分の精神が少しずつ回復していくってぼくは思っています。

 

ーどんな世界を目指していますか?

玉利さん:ひとつの癒しだと思っています。(食べ物を)どうやって手に入れてどう調理するのか。途切れちゃってるものがつながっていくと、本当に大事だったものが何か見えてくるはず。

 

ー自分のルーツを調べるうえでの手がかりや大事にすることはありますか?

玉利さん:親に聞いてもいいんだけど、基本的には祖父母からの情報が重要。そこにアクセスできないようなら親戚。それでもダメならその場所に自分で行ってみればよくて。ぼく自身、かつて祖母がつくっていた山形の郷土料理に大人になってから現地で出会ったことがあります。見つけたときは涙が出ます。その土地が見えてきますね、風土とつながる感覚というか。

 

 

まだまだ聞きたい話がたくさんありましたが、ここで一旦玉利さんのセッションは終了。XSEMIはラストセッションへと向かいます。

 

玉利さんと磯野さん、プログラムディレクターによるクロストーク

2日間のラストとなるセッションは、1日目のゲストである磯野真穂さんにも再登場いただき、玉利さん、そしてディレクターの原田さん、白井さんを交えたクロストーク。玉利さんのセッションを踏まえて、この2日間の議論について改めて思考を深めていきます。

磯野さん:どういう食べ物と出会ったかという玉利さんご自身の経験に根ざしたお話をされているときに「うまい」「おいしい」という言葉がたくさん使われていたのが印象的。そこをベースにして、その食べ物が世界とどうつながっているんだろうと拡張されていて、食べることの本質にそった話をされているなと思いました。

 

玉利さん:「おいしい」と「美しい」って同義語だと思っているんです。その二つに出会えたときに神と出会えた瞬間だなと感じる。神というのは、西洋の「God」ではなく「八百万の神」。アニミズムという言葉を引っ張ってきているのもそういう意味です。だから、自分の話のなかで「おいしい」という言葉が頻繁に出てくるというのは納得感があります。

 

磯野さん:私が研究している摂食障害は、工業化・都市化が進んだ地域で1960年代以降に女性を中心に広がってきた病気。彼女たちは「おいしい」という言葉を使わなくなるんです。食べものを世界との物語として読み取るというよりは、断片化された栄養素を生理学的に取り入れている。玉利さんのお話はそれとは正反対だなと。世界と接続していくような体系の話ですよね。

 

白井さん:昨日の磯野さんの話のなかで「わからないと、“立ち止まること”ができる」という話があって、そんな言い方もできるんだという気づきがありました。普段の生活のなかに土地の文脈みたいなことが眠っていたとしても「個とパブリック」に分けられている状態では気づけない。けれど、あるとき、わからないものに出会ったときに「立ち止まれる」ことで「自分がその文脈にいたのかもしれない」と気づくような現象が起こりうるのかなと。そういうわからなさにどうやって出会うのかが大事なのかなと思いました。

 

磯野さん:昨日の菅さんの宿題も絡めていうと、みなさんが探してくれてきてくれた人々の工夫の痕跡って、すごくパブリックなような気がします。パブリックというと空間のような気がするけど実はそこに人がいて。どうやったらうまく生きれるかなという模索の痕跡がのこされて、それを手がかりにともに生きていくというような動的な状況がパブリック。静的な空間というよりもラインというかうごめいているイメージで捉えたほうが面白いと思います。北前船も、ただ船が動いていただけじゃなくてそこに人の工夫があるはず。

 

玉利さん:ぼくはそれを「道」でやっています。北前船も道だし、シルクロードも道だし。世界中にいろんな「道」と呼ばれるものがあって、それは人の工夫を前提条件のもとで成立してきたものなんだろうなと思います。

 

磯野さん:「道」って人がつくったパスですもんね。

 

原田さん:お話を聞いていて、団地やマンションの共用部も、現代の「道」と捉えることができるんじゃないかと感じました。僕は団地の色彩計画にに関わっているんですが、団地の共用部って、廊下に植物をいっぱい置いていたり、傘をめちゃくちゃ並べていたり、生活が滲み出ている風景に出会うことが多くて。そういった「道」を楽しんでいる様子に、愛嬌を感じて、色彩デザインを考える上でもヒントにしています。これまでの「道」の話にもつながると思うのですが、「道」自体の愛嬌がなくなると、すごく生きづらくなるんじゃないかな。「住」や「食」も含めた環境自体が変わっていかないと、個とパブリックのあいだってなんだっけ、ということをもっと考えられなくなるのかなと。

 

白井さん:ここにきて、これまでの議論がつながってきたような気がしますね。

 

このあと、zoomの向こうの参加者ともやりとりをしながら続いたクロストーク。

あっという間に終了時間を迎え、XSEMIはクロージングへと向かいます。

▲miroに貼りつけられた参加者のメモ

 

コロナ禍のなか、はじめてオンラインでの開催となった今年のXSEMI。

トーク会場と参加者が物理的には分かれた状況のなかで「わけるから、わからない」というテーマを考えていきました。。さまざまなツールを駆使しながら届けようとしたそれぞれの熱や息遣い。それぞれにとっての、わけたからわかったこと、わけたからわからなかったことは何だったでしょうか? そんな問いが頭のなかをぐるぐると巡ります。

「改めて、いろんな術(すべ)を教えてもらった二日間でした。どうやって自分の身の回りや社会を捉え直すことができるのかということを、いろんな角度から知っていけた時間だったと思います。今度はその術を実際につかっていったらどうなるかという旅路に、一緒に出られたらうれしいです。二日間本当にありがとうございました!」

 

最後は、プログラムディレクター内田友紀さんのあいさつで閉会を迎えました。

多くのわからなさと向き合いながら過ごしたXSEMIが幕を閉じ、ここからまた、新たなわからなさと向き合う日々のはじまりです。

(text by Kaname Takahashi)


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