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タイムトリップ福井新聞
福井新聞の膨大な記事のアーカイブをさかのぼり、ピックアップした一つの記事から過去と未来を結ぶコラムをつづります。

あの時は思いもしなかった。まさかアレがチョコになるとは……。/文・藤川明宏(福井市立郷土歴史博物館学芸員)

「福井の古墳から弥生時代の鏡と古墳時代の鏡が同時に出土、しかも古墳時代を代表する鏡である三角縁神獣鏡が出土した」というニュースは、その当時大学4年生だった私にとってもビッグニュースだった。弥生や古墳の研究をしていたわけではなかったが、考古学徒の端くれとして、地元福井の古墳発掘のニュースには心躍らせたものだ。

▲福井市岡保地区の花野谷古墳から、“卑弥呼の鏡”ともいわれる古墳時代の「三角縁神獣鏡」と弥生時代の宗教的権威の象徴とされる「連弧文銘帯鏡」が出土したと発表された(2000年9月1日1面より)

 

ご縁あってその翌年から福井市の歴史博物館で学芸員として働くことになった私は、新たに移転新築する歴史博物館の常設展示室「ふくいの古墳」ゾーンの担当として展示設計などに携わることになり、その目玉展示の一つである花野谷古墳出土の三角縁神獣鏡ともおつき合いが始まった。

 

完成した「ふくいの古墳」ゾーンでは、全て実物の出土資料が展示してある。他館だとレプリカ資料が混じることもあるが、当館の古墳ゾーンは全てホンモノ。足羽山の古墳から出土した石棺や、福井市東部の天神山古墳から出土した刀剣・甲冑などの豊富な鉄製武具、純金製の耳飾り、そして花野谷古墳出土の三角縁神獣鏡をはじめとする銅鏡の数々。1500年以上前のふくいの王たちが憧れ、身につけ、手元に置き、そしてその墓に副葬された当時の技術の粋を集めた一級品から、古墳時代の福井の豊かさを想像してもらえればと思う。


しかし、想像してもらえればといっても、やっぱりそれはなかなか難しい。そこで当館では、展示解説ボランティア「とねりの会」による解説ツアーや、展示ガイドアプリ「ポケット学芸員」による音声ガイドなどを用意している。さらに子供達にも興味を持ってもらえるように様々な学習キットを開発しており、その一つが三角縁神獣鏡の石こうレプリカを作れるシリコン製の鋳型キットである。

出土した三角縁神獣鏡から型取りをしてレプリカを作った際、せっかく型取りしたのだからこれを何かに利用できないかと考えたのがこれで、シリコン製の鋳型に石膏を流し込んで固めると、ホンモノそっくりの石こう製レプリカが手軽に作れる。またこれは溶けた青銅の変わりに石膏を使ってはいるものの、鋳造技術の体験にもなっており、古代から続く金属加工技術の一端に触れてもらえる「実験考古学」的な学習キットでもあるのだ。

 

ある日、私はふとした思いつきでこのシリコン製鋳型にチョコを流しこんでしまった。残念ながらテンパリングに失敗してしまい、美味しくない銅鏡チョコが出来上がったので、その時はそれ以上の発展は無く終わってしまったのだったが、今から5年前、お菓子作りに堪能な方の協力を得て、ついに美味しくて且つホンモノそっくりの三角縁神獣鏡チョコ試作品第1号が完成した。この喜びを多くの人と分かち合いたいと思い、ツイッターに写真を投稿したところ、「すごいのキタ!」「ブラボー!」「欲しい!」「鹿男ファンも喜ぶ!」「コシの国の技術が高すぎる!」といった多くのリプライとリツイートの嵐が巻き起った。この反応に勇気を得た(気を良くした?)私は、さらに試作品の一枚を奈良にある古代意匠の雑貨などを扱うお店「フルコト」に贈り、古代史の本場である奈良でどのように受けとめてもらえるのかを試したのだった。

 

▲これが三角縁神獣鏡チョコ。見事に再現されています。

ところで三角縁神獣鏡は、今から1700年前頃、古墳時代前期を象徴する銅鏡で、一説には邪馬台国の女王・卑弥呼が中国の皇帝から賜った百枚の鏡がそれであるともいわれている。またその出土地などから考察すると、現在の奈良県にあったヤマト政権の大王が多くの三角縁神獣鏡を保有し、それを全国各地の王に分与したと考えられており、古墳時代の権力構造を物語る重要資料の一つでもある。

そんな三角縁神獣鏡が現代にチョコとして蘇ったことは、古墳時代の中心地・奈良でも驚きを持って迎えられた。「古墳時代にヤマトの王からコシの王に下賜された三角縁神獣鏡が、1700年の時を超えて、三角縁神獣鏡チョコとなってコシの国からヤマトの国へ逆下賜される日がまさか来ようとは!」「そのとき歴史が動いた!」「胸熱!」などの言葉が並ぶ古代史クラスタのツイート。奈良へ贈られた銅鏡チョコはその後、日本で最も多くの三角縁神獣鏡が出土している奈良県天理市の黒塚古墳で盛大に割られ、多くの人のお腹を、そして古代へのロマンを満たしたという。

三角縁神獣鏡チョコ逆下賜ものがたり

 

そしてこの翌年から、三角縁神獣鏡チョコ作りのワークショップは始まった(鋳型は新たに食品用シリコンで自作)。単なるお菓子作りではなく、冷えて固まる間に行う古墳時代や銅鏡の鋳造技術に関するレクチャーもあわせたプログラムが好評で、体験しながら古代の技術を学ぶ「実験考古学」の要素を持ったスイーツとして、考古学界でも期待されている。

三角縁神獣鏡チョコを作ろう!2017


今年で5年目。今や福井の冬の風物詩の一つだとまで言われるようになり、遠く関東・東北からこの銅鏡チョコ作りのために福井へやってくる人もいるほど。今年は36名の定員に対して全国から249名の応募があった。さらに近年は“福井発祥”の銅鏡チョコ製造技術が全国に伝播し、各地の博物館などで銅鏡や銅鐸、さらに金印まで、さまざまなものがチョコで作られている。縄文土器そっくりのクッキーを作る「ドッキー」も全国で盛んで、まさに“実験考古学スイーツ”は一つの領域を確立しつつある。

一体、三角縁神獣鏡チョコ作りの何がこんなにも多くの人々の心を魅了しているのか。決して古墳や古代史好きの人だけでは無いのである。SNS上での情報拡散から始まったこのムーブメントは、もはや発案者の思惑を超えて、発展し続けている。

 

藤川明宏/福井市立郷土歴史博物館学芸員 朝日観音福通寺住職

1978年、福井県越前町にある真言宗の古刹・朝日観音福通寺住職の長男として生まれる。早稲田大学で考古学を学んだ後、現職へ。学芸員として福井城跡の研究を手がけながら、本格的に仏像の研究も行い、「福井の仏像展」(2016年秋開催)や「三角縁神獣鏡チョコづくりワークショップ」など、全国から注目を集めるイベントを企画・開催している。


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